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家康と三成を見限った木下勝俊の「価値観」

武将に学ぶ「しくじり」と「教訓」 第72回

■関ヶ原の戦いという権力闘争の価値

 

 勝俊は家康からの指示により、重要な伏見城の守備についていました。この処置は豊臣家の親類衆で、高台院の甥であり、小早川秀秋(こばやかわひであき)の兄という政治的な価値を踏まえてのものかと思われます。

 

 しかし、戦いが始まると、持ち場から離脱し、後にこの件を理由に改易されることになります。離脱の理由については、裏切りを警戒した鳥居元忠による退去勧告、天皇の意向による説得、豪華絢爛(ごうかけんらん)な伏見城が破壊される事への嫌悪など、多くの説があります。

 

 別の理由として、京という文化の中心地に、血なまぐさい権力争いが持ち込まれることを、ひどく嫌悪していたと言われています。

 

 勝俊は、里村昌叱(さとむらしょうしつ)への書状にて「石田と徳川の争いは蝸牛角上の争い(つまらない争い)であり、この戦に巻き込まれる天皇の心痛を思うと戦えない」と残しています。関ヶ原の戦いは、勝俊の「価値観」からすると、理解できない些末な争いに見えていたようです。

 

 一方で、妻の宝泉院は、この勝俊の振る舞いを卑怯だとして、木下家から離れてしまいました。一般的な武士の「価値観」からすると、勝俊の方が浮世離れした考えだったのかもしれません。

 

■木下勝俊が選んだ京での風雅な隠遁生活

 

 戦後の勝俊は、高台院の庇護(ひご)を受けて京で暮らしていたようですが、備中国足守2万5千石の領地を持つ父家定が亡くなると、大名復帰の機会が巡ってきます。

 

 しかし、高台院が次弟利房(としふさ)との分割相続という幕命を無視して、勝俊にすべて継承させたことで騒動となり、再び改易となります。勝俊は、本格的に京の東山で隠遁(いんとん)生活に入り、高台院の近くに挙白堂を建て、公家や文化人たちとの交流を楽しみます。

 

 一方で、兄弟たちは大名という地位に固執していました。利房は大坂の陣に参加し、父の遺領である備中国足守2万5千石を回復し、藩主に返り咲いています。三弟延俊(のぶとし)は、関ヶ原の戦いで細川忠興(ほそかわただおき)の助言に従い東軍として活動し、豊後国日出3万石を死守しています。さらに五弟秀秋は、関ヶ原の戦いの本戦で寝返り、東軍勝利の立役者となり備前国岡山55万石を得ています。

 

 勝俊は「長嘯子(ちょうしょうし)」と名乗り、和歌を嗜(たしな)む文化人として生きていきます。晩年の作品は沢庵宗彭にも高く評価されるようになります。また、小堀遠州(こぼりえんしゅう)や伊達政宗(だてまさむね)などの諸大名、林羅山(はやしらざん)や春日局(かすがのつぼね)などの幕府の要人、藤原惺窩(ふじわらせいか)や松永貞徳(まつながていとく)などの文化人に加え、軍学者の山鹿素行(やまがそこう)など、非常に幅広い人々と交流しています。

 

 戦国の世が終わると、勝俊の「価値観」は、多くの人に影響を与え、高く評価されていったようです。死後に、弟子の手によって『挙白集』という勝俊の歌集が編まれています。

 

■「価値観」によって残されたものが後世に影響を与える

 

 勝俊は秀吉の一門であったことで、若いころから京の文化に触れる事ができ、また幽斎(ゆうさい)のような最先端の文化人と接する機会が多くありました。

 

 そのため、家康方と三成方による権力闘争といった政治的な行動を、どこかで無粋であると感じ、大名への復帰に積極的になれなかったのかもしれません。

 

 現代でも、組織内の権力争いから距離を置いて、地位を失う事が分かっていても、自分の「価値観」に従い行動する人がいます。

 

 もし、勝俊が伏見城に残っていれば、武人として高い評価を残していたかもしれません。ただし、その場合は歌人としての名は残らなかったと思われます。

 

 ちなみに、俳諧の第一人者と言われる松尾芭蕉は、勝俊の大胆で革新的な作風に憧れたと言われており、後世にも影響を残しています。

 

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森岡 健司もりおか けんじ

1972年、大阪府生まれ。中小企業の販路開拓の支援などの仕事を経て、中小企業診断士の資格を取得。現代のビジネスフレームワークを使って、戦国武将を分析する「戦国SWOT®」ブログを2019年からスタート。著書に『SWOT分析による戦国武将の成功と失敗』(ビジネス教育出版社)。

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